【第4話】中学生で人生初めての大挫折!高専の建築学科を受けるもまさかの不合格/家にまつわるマイヒストリー

家にまつわるマイヒストリー

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前回は【第三話】「女性も手に職の時代!」と繰り返し「将来何がしたいか」を聞いてくる母の真意とは!?をお届けしました。

ここまでは、母の影響を受けながら楽しく夢を見る夢子ちゃんでしたが、ここからが現実の世界。

私の人生の中で初めての挫折。中学生時代の話です。

 

中学校生活は「部活とバレエ」に明け暮れる日々

中学校に入って一番始めに悩んだのが部活動選びでした。私の通っていた中学校は必ずどこかに所属しなくてはいけなかったからです。

小5からクラシックバレエを習い始めたので最低週一回、土曜日の16時には部活を終えレッスンに通いたいので「バレエが続けられる部活」が私の中の大事な条件でした。

できることならテニス部に入りたかったのですが「テニス部に入るなら習い事やめてね」と先輩に言われあっさり撤退、、、

最終的には、仲良くなった友達と一緒に陸上部に入りました!幽霊部員も数多く所属している100人規模の部活。「習い事大歓迎!」「足が速ければすごくいいけどね」なんて軽い会話も交わした後、軽ーい気持ちで入部したのでした。

陸上部では、またも消去法になりますが短距離が遅いから「長距離」を専門に。努力家タイプだったので、結果的にはいい選択だったと思います。

来る日も来る日も走る。冬に行われる中学校のマラソン大会には命かけていて11月くらいになったら朝6時から毎日自主練していました!

でも、バレエもやりたいし、部活も続けたい〜と楽しい毎日を送っていたのでした。

ちゃんちゃん…ならいいのですが、姉さん、ここで大事件!

(※姉さん、、このくだり、知ってるかな?)

 

中学二年の夏、突然私に告げられる「ショックで泣いた出来事」

私が所属していた陸上部は短距離が80人(幽霊部員がほとんど短距離)、長距離は10人前後でした。練習はハードでしたが、少人数のいい雰囲気で毎日楽しく活動していました。

いよいよ先輩の引退試合が近づいてきたころに先輩から二年生への引き継ぎ会が行われました。

各リーダーが男女別でハードル、砲丸投げ、円盤投げ、長距離、短距離、そして最後に部長。

長距離メンバー内では「土曜の夕方はバレエで居なくなるけど、靖子がリーダーかな」でした。

次々に発表され、途中まではなんの違和感もなく、途中長距離リーダーが私じゃなかったことに少し驚きが。

部長になると思っていた子が短距離リーダー、、、!?「あれ、他に誰がいる?」「いつも先生と仲良くしてる○○ちゃんかな」なんて思っていたら

「女子の部長は日笠(旧姓)で」  

え!? がーーーーーん 私静かに号泣

「大丈夫だよ」「ひがっちゃんならできるよ」「後輩にひがさんの背中見せてあげて」

いやいや、嬉しくて泣いているんじゃなーーーい

もう、何を言っても聞いてもらえないだろうし、泣いている理由なんて、どうでもよくなりました。

 

兄から明かされた我が家の情勢と斬新な提案とは!?

なんとか部長としてのお役目も果たしつつ、運動三昧だった私の中学生時代にも受験という文字がチラホラ見える時期にさしかかりました。生徒の半分以上が通う数少ない公立高校は余裕でいけそうな感じ。

ある日、父の仕事がどうやらうまくいっていないことと、高齢であるということに危機感を持っていた兄から話しがありました。

「靖子さ、うち、ちょっとやばいかも」「成績は悪くなさそうだし俺の行っている高専の建築学科を目指したら?」と言ってくれたのです。

兄は工学部に通っていたのですが、高専とは5年間通うと短大卒の資格がもらえる高校でした。

目指したのは国立だったので授業料はかなり安い上に、授業が専門的なことまで学べる。数少ないけれど女子もいて、我が家からもぎりぎり通える範囲。最悪大学に行くお金が無くてもすぐ就職できるとのこと。

担任の先生に相談した上で、文化祭をのぞきがてら学校見学に行き、受験することを決めました!(というより、そこしか道がない、、、笑)

 

内申点が取れているからと安心しきって挑んだ受験のとんでもない勘違い

目指すは高専!内申点は取れているし、しかも部長だし、先生の「今のままでいけば頑張れば受かると思うよ」という言葉を鵜呑みにした私。

経済的な理由で大手の塾には到底通えないと分かっていたので、私は高専の受験を決めてからは数学と英語だけ近くの個人塾に通っていました。バレエにもお金はかかるので後ろめたいこともあり、夏期講習や冬季講習さえ言える雰囲気でもなく、、、

ほんとうに受かりたかったら、ここで拝み倒せばよかったかも知れません、、、気持ちを切り替えて自主学習中心で頑張ろうと思ったのです!

しかし、、、学力が伸びない。部活を引退したら集中して頑張ろう!でも微妙なライン

そこまで底力も発揮できず、成績はぐんと上がりませんでした。建築士になるという思いだけは強いから信じて受験しましたが

結果は「不合格」 がーーーん

まさか、落ちるなんてーー今考えたら実力不足で当然の結果。やる気があった分、自分が生きて行く道が閉ざされた気がしました。

 

このままいくと大学受験はどうなる?建築の夢は諦めるの?

なんのために部長やっていたんだろ、なんでうちはお金が無いの、他の人のせいにして、奈落の底に落ちた初めての挫折でした。

 

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家にまつわるヒストリーなので、ここには書いていませんが、ちょうど中二である病気(成長期に起こる病)にも向き合っていました。今考えると母は夢を与えてくれるけど、情報収集能力が無い…

こんなショックなことが次々に起こった中学生時代だったので、その時のことを思い出すと振り返ると「今はなんてお気楽に暮らしているんだろう」とさえ思えます^^

というわけで、ここまで建築士になると夢見ていたのに、受験に失敗した私。

 

次回は

【第5話】阪神淡路大震災でマンションが半壊「死ぬかもしれない」を経験し、家に対する価値観が変わった高校時代

高校生は地元芦屋の高校に通いました。その矢先の阪神大震災、大きな価値観の変化がありました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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